EIGA「巴里のアメリカ人」

Dscn5161 ミュージカル映画の最も代表的なもので、「ウエストサイド・ストーリー」が大衆的なヒット作品だとすれば、最も芸術的な作品といえましょうか。ガーシュインの”ラプソディー・イン・ブルー”をはじめとして、ジャズとクラシック音楽の中間を行くもっとも現代的前衛的なジャズ・ミュージカルといえましょうか。

ジーン・ケリーとレスリー・キャロンという近代ダンス界の大御所がミュージカル界の大物監督ヴィンセント・ミネリと組んだ大作。舞台をTVカメラで撮影するというような手法で、ミュージカル・ファンをうならせた映画。振り付けは、ジーン・ケリーみずからが当たったようである。

ちなみにライザ・ミネリは、ヴィンセント・ミネリとジュディー・ガーランドの娘。

1945年にミュージカル「海賊」をジーン・ケリーとジュディー・ガーランドで監督ヴィンセント・ミネリで撮っているので、その撮影中に出来たのではないかと思われたが、正確には1944年製作の「若草の頃」(Meet Me in St.Louis)の撮影後に結婚し、5年後に離婚している。

ジーン・ケリーはその「海賊」では、まだ若くスリムで、往年のようながっしりした男の魅力を未だ備えていない。「若草の頃」の名曲Have Yourself a Merry Little Christmasは未だにクリスマスソングの定番になっているという。

挿絵は、筆者が2008年に描いたシドニー・サーキュラーキー(油彩60号)、1999年にメルボルンとシドニーに行った。オペラハウスで「ラ・ボエーム」を見た。

次は「赤い靴」

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EIGA「愛と哀しみのボレロ」「巴里のアメリカ人」「赤い靴」

ここへ来て、いきなり私の本命の映画三本の話になる。コンテンポラン・ダンスをやっている人とか、興味があって見ている人は絶対に忘れられない映画は、ルルーシュの「愛と哀しみのボレロ」。ラストに近い場面で、パリ・シャイヨー宮の中庭でベジャールのボレロをジョルジュ・ドンが踊る。バックはエッフェル塔。エッフェル塔の上では、ジェラルディン・チャップリンが歌う。ラベルのボレロ。ジョルジュ・ドンはヌレーエフの再来と言われたダンサー。ヌレーエフが、ボリショイ・バレー学校で入学試験の審査をしているところ辺りからはじまり、ヌレーエフが空港で西側に亡命する場面。そして、パリ・ガルニエ・リハーサル室でのパフォーマンス。

ナチ占領下、パリ凱旋門をナチの軍楽隊が行進する。先頭で指揮をするのは後のヘルベルト・フォン・カラヤン。ルーブルン宮の前で街娼にからかわれる。パリ・フォーリーベルジェールの楽団の男女が貨物列車に乗って逃げる、二人の間に出来た乳飲み子を貨車の隙間から落とす。その子が後にジョニー・アリディーとなる。

断片的な物語が次々に連なる。戦後NYのカーネギーホールで、カラヤンの演奏会がある。

切符は売り切れ。客席はガラガラ。全てユダヤ人が買い占めたのだ。

「巴里アメ」は次回。

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EIGA「聖衣」「オクラホマ」「八十日間世界一周」

総天然色カラー・シネマスコープ映画といった売り文句で最初に日本に来たカラー・シネスコ映画は「聖衣」というキリストの処刑を描いた映画だった。小学生の頃に映画好きだった父親に連れられて、新宿のオデオン座で見た。その頃は映画の前にジャズの演奏があって、雪村いずみが確か唄っていた。司会者がしきりに「いずみちゃん、いずみちゃん」といっていたのを覚えている。未だ若い新人のリチャード・バートンが処刑するローマの軍人で、キリストが磔にされている十字架の柱に手を掛けているとその手の上に血が滴ってきて、洗っても洗っても落ちない赤い血痕の印象が強く残る。そして、その軍人の赤いマントが戦車に乗ると風に翻って恰好よかった印象が強く残っている。

次に見たのがシネラマのミュージカル映画「オクラホマ」。ゴードン・マクレーン、シャリー・ジョーンズという歌のうまいスターが出ていた。主テーマの「オクラホマ」を初め、名曲ぞろいである。「オー・ビューティフル・モーニング」「飾りをつけた四輪馬車」など今でも口ずさむことが出来る程の親しみやすいメロディで、蓋し名楽曲といえる。のちに「ウエストサイド・ストーリー」がミュージカル界を席巻するまで、ブロードウエイのトップを走っていたという古典的な作品である。

新宿コマ劇場は去年の暮で幕を閉じたが、当時はシネラマの上映館だった。「オクラホマ」の次は世界的な大ヒットシネラマ「八十日間世界一周」だ。カンティンフラスとデヴィッド・ニーブンのコンビで八十日で世界一周するという大博打を打つイギリスの貴族の話だが、気球ゴンドラに乗って上空から見る世界中の美しい空中撮影が恐らく初めて一般大衆に公開されたのではないだろうか。そして、あの有名なテーマ音楽「アラウン・ザ・ワールド」は未だに航空機内や海外旅行の宣伝番組のBGMとして使われている。ムード音楽界のパイオニア、ビクター・ヤングの作曲。

当時の大型映画は、シネマスコープ、シネラマとトッドAO方式があって、「オクラホマ」「八十日間世界一周」は70mmトッドAO方式であった。

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下記SHO-KOの部屋「ジェームス・ディーンの遺言」を是非覗いて下さい。

http://www.ne.jp/asahi/osaka/sho-ko/

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EIGAフランコ・ゼッフィレッリ

先日ルキノ・ヴィスコンティの「夏の嵐」をTVでやっていて、助監督にフランコ・ゼッフィレッリの名前を見つけた。

ゼッフィレッリの名前を最初に知ったのは、オペラの装置家としてだった。或いは、映画「ロミオとジュリエット」の監督としてだろう。

そして自伝「フランコ・ゼッフィレッリ」を読んで、その興味深い半生を知ったのだった。

フィレンツェ生まれ。フィレンツェにはイギリス人がたくさん住んでいたため、英語をしゃべれる若者に育った。これが、後に世界的な芸術家になるために役に立つ。

夏休みに友人と自転車旅行に出かける。ナポリ駅近くのホテルに泊まり、少し離れた郊外の修道院に出かける。夜、連合軍の空襲がホテルを襲い、全焼し、たくさんの死者が出る。その日修道院に出かけていなければ、そのとき焼死していたと書いている。

連合軍がすぐに上陸してくる、英語が出来るフランコは通訳として雇われる。

そして、ヴィスコンティーとの出会い。彼らは相思相愛の仲に・・・・・・・・・。ローマのヴィスコンティの豪華な家に住み、白いスポーツカーを乗り回す。マセラッティーかフェラーリだろうか。

「白夜」には載っていなかったので、「夏の嵐」ぐらいから助監督として一緒に映画をとる生活。平行してオペラの演出・美術を手掛ける。ヴィスコンティがオペラを演出していたのは、映画を撮るより前で、その分野に道をつけたのは、監督に違いない。

オペラ「椿姫」を映画にしたものは見たが、カメラワークに懲りすぎの感はあった。「ロミジュリ」も甘いロマンチックものに仕上げている。

愛情表現が流れる感覚、とりとめのない流動性を感じるのは、バイセクシュアルの感性なのだろうか。ヴィスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」も「「家族の肖像」もなにか取り留めのないエンドレスな感性を感じてしまうのは、わたしだけだろうか。「山猫」は違ったが・・・・。

ゼッフィレッリの南イタリアの別荘には、テネシー・ウイリアムズやライザ・ミネリもよく行っていたという。「愛」を描くのは、「愛」の世界に生きるには、そうした現実生活が重要になって来るのだろうか。

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モノクロ邦画

順不同で並べますが、

「砂の女」監督勅使河原宏、原作安部公房、出演岡田英次、岸田今日子、三井弘次、観世栄夫 音楽武満徹、1964年東宝。民芸の佐々木のぶよさんが印象に残った。

「非行少女」監督浦山桐郎 出演和泉雅子。しんしんと雪の降る中を風呂のたきぐちで薪をくべる情景描写が見事だった。

「羅生門」黒沢明、森雅之、三船敏郎、京マチコ。物事を客観的に観ることの難しさ、人によってまるっきり違う解釈をするんだ、或いは人間は自分の都合のよいように解釈しするんだ、それが大人というものなんだと思った。

「人間の条件」小林正樹、仲代達矢、田中邦衛、新珠三千代。1961年松竹大船。

「ビルマの竪琴」市川昆、安井昌二、北林谷栄、

「人間蒸発」今村昌平、露口茂。

次回からは、カラー映画になります。

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EIGA 「ワーニャ伯父」「ガムレット」

アンドレイ・ミハルコフ・コンチャロフスキー監督1971年モスフィル製作「ワーニャ伯父」。

チェーホフの名作の映画化の代表作といえる。チェーホフが映画にぴったり嵌っている。

私は劇団俳優座在勤の1975年ぐらいに「伯父ワーニャ」上演のための参考資料として、市谷の試写室で出演者や演出家と見ることが出来た。

医師アーストロフをセルゲイ・ゴンダルチュクがやっている。舞台にはない写実性とリアル感がとても印象に残った。映画には適わないと思った。

ソ連製作の映画では、その前に「ハムレット」があるが、最後の「その先は沈黙・・・・」と言うセリフと「オルフェ」にヒントを得たと思われる壁が印象に残った。

何とそうそうたるスタッフ。

「ハムレット」1964年ヴェネチア映画祭審査員特別賞

監督 グリゴリー・コージンチェフ  ロシア語訳 ボリス・パステルナーク

音楽 ドミトリー・シェスタコヴィッチ

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EIGA「十二人の怒れる男」「アラバマ物語」

日本で最近になってやっと問題にされてきた裁判員のことは、米国ではもう何十年も前から

陪審員制度があってシドニー・ルメット、ヘンリー・フォンダで「The Twelve Angry Men十二人の怒れる男」として映画化されている。最近リメイクされたようだが、モノクロには適わない。

十二人の男たちが「ギルティー」「ノットギルティー」を何度も採択する。最初から被告人の立場に立ってものを見ることが出来たヘンリー・フォンダ演ずる男が始めはひとりだけだった「ノットギルティー」が、最後に全員がそう言う事になるまでの一日をそれこそアクターズ・スタディオの典型的な俳優たちが演ずる圧倒的なセリフ劇である。

「アラバマ物語」も黒人を暴行犯人に仕立て上げようとした南部の町の住民に対抗した白人弁護士の忍耐力の勝利を描いた。グレゴリー・ペックの代表的な映画となった。

原題は、To Kill a Mockingbird, 1962年度アカデミー主演男優賞、脚色賞、白黒部門美術賞を取っている。音楽は、エルマー・バーンスタインで、1962年ゴールデングローブ賞作曲賞。グレゴリー・ペックは、ゴールデン・グローブ賞ドラマ部門主演男優賞。2003年アメリカ映画協会選出ヒーロー部門第一位。2008年選出の偉大な法廷ドラマ第一位。

監督のロバート・マリガンは、1963年度カンヌ国際映画祭ゲーリー・クーパー賞を受賞している。

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「未泌の故意」  クサナギ君事件 no.2

タイトルの意味するところは、ご存知のように「対象者の状態がそのままにして於けば当然状態が悪くなることを第三者が客観的に観ていて分かっていながら何の援助もせずに放って置いて悪い状態になることをいうのですが、第三者には何の責任も生じないばかりでなく、それを意識的に行ったと観られる場合をいう」のです。

まさにクサナギ君は、一緒に飲んでいた友人たちも、飲みすぎだということは知っていたはずだし、途中まで一緒に帰った人たちには、ある程度の予測はついたはずである。ここにも友人たち、もしくはお店のひとたちによる「未泌の故意」は成立する。

警察官に抵抗して、逮捕されたということだが、酔っ払いは当然そんなに簡単には言うことを聞かない。ヤクの問題があるかもしれないので逮捕したということは、ある意味、現代的な処置で、妥当な逮捕だったとは言えようが、それにしても少し大げさだったような気がする。だが、最も重要な「未泌の故意」は、事務所側のマネージメントの不行き届きということだと思う。

私は、毎年夏に行われる「少年隊ミュージカル」に20年間お付き合いした劇場で、技術サイドの責任者だったが、ジャニーズ事務所のマネージャーさんたちのきめ細かなフォローぶりを充分承知しているので、今回のようなことは、全く信じられない。クサナギ君が恐らく今日は友人と飲みに行くから、「***君は先に帰っていいよ」と言ったかどうか知らないが、恐らく、マネージャー君はそこにはいなかった。本来ならば、自宅に送っていくまでが仕事のはずである。こういう事態になって初めて事の重大さに頭を抱えていることと思われるが、これは重大な「過失」である。

今どきの大学には、情報処理学科とか音楽マネージメント学科とか舞台芸術やメディア関連のマネージメントに関する学問・学科がたくさんあって、芝居をするにも、先ず予算のことを考えないでは、文化活動として認められないというようなことを教えているようですが、その最先端の現場は、正にクサナギ君のようなスーパーアイドルをどのようにマネージメントするかが問題なのではないでしょうか・・・・・・・そういう学科では、どのようにこの事件を扱うのでしょうか。

友達感覚でもいいが、若者たちの希望とも言うべきそういう存在をどのようにフォローするか、これは閣僚をフォローする場合とは違って、ピストルを持っているわけではないが、マネジメントの基本的なテーマではないでしょうか。お金の計算だけやっているのがマネージメントではないのです。・・・・閣僚といえば、泥酔に近い状態で公の場で醜態をさらした大臣がいたが、あれも正に取り巻きの秘書、外務省の関連部署の「未泌の故意」の典型といえよう。クサナギ君が「今日はいいよ僕が自分で払うから」と言っていたし、100%フォローされるのもいやだろうから・・・・・・みたいな感覚で、仕事を放棄した。

実はそこが落とし穴だった。そして、事務所の上司も現場に任せていた。まさに「未泌の故意」の典型的な例といえましょう。しかしこの職場放棄を本当に故意にやっていたのだとしたら、まさにクサナギ君は、はめられた訳ですし、もっと大きな腹黒い意思が働いていたと思えるわけです。単純に酒を飲みすぎて騒いで捕まった事件にしては、メディア業界だけでなく、公共放送や公共広告機構などの公の組織までが大きな影響を受けてしまったのですから・・・・・・・・・・。

そして、この問題は、音楽マネージメント業界の今後の対社会的な活動に影響を与えることは必至で、関連組織がこぞってそうしたことへの教育啓蒙が重要な目的使命となってくるのではないでしょうか。お金を勘定することばかりやっているとこうした大きな落とし穴がたくさん出てくるのではないでしょうかという警告ととらえようではありませんか。

imacoconiiruJIMMA090425

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ジャニーズ事務所の「末泌の故意」 20090422

「過失」というタイトルで日記風の私的な文章を団体の機関紙のために記録していた私の目前に将に「末泌の故意」といった一大事件が起こった。

ジャニーズ事務所のクサナギ君が公然わいせつ容疑で逮捕されたというニュースだ。

このニュースを聞いて誰もがなんだかおかしいと思ったと思う点がある筈である。

クサナギ君は自分ひとりで裸になっていたのであって、誰かが被害を蒙ったという事実はないということである。しかも人通りの少ない夜の公園でである。

酔っ払って裸になる人はいくらでもいる。有名人の中にいくらでも例はアル筈だ。それが、たまたま都心の公園で、現代の大都会東京を代表する地域だったというだけでこんなにも大騒ぎするのでしょうか。すべてのCFを中止、ドラマも中止、重要な政府のデジタル放送への移管の政府広報によるコーマーシャルも中止。一体何の権利があってこうした若者の夢を

木っ端微塵にぶち壊してしまうようなことができるのだろうか。

なにかおかしい。

明日もっと検証したい。

jimma090424

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EIGA ベルリン天使の詩

カラー全盛の時代に敢えてモノクロで撮ったヴィム・ベンダースの代表的な作品。

スピルバーグがアカデミー賞を取った「シンドラーのリスト」もモノクロだが、芸術作品というより、ドキュメンタリティの部類のものと思われる。

「ベルリン」のよさは、東西に分断されたベルリンのサーカスの一団のブランコ乗りの女性に対する詩人(天使)の恋心を軸として、東西分断の意味のなさ、友人愛や恋を通して人間のこころの重さを表現していたと思う。

冒頭のベルリンの街を俯瞰している天使の像は、ブランデンブルグ門から広がる広大な緑地の真ん中にある戦傷者記念塔の上に立つ。

2004年ベルリン市内遊覧バスにブランデンブルグ門の隣の黙想の部屋に長居して、置き去りにされた私たちは、そこから塔まで歩いて、塔に登り、天使のすぐ下まで登ることが出来た。

主演のブルーノ・ガンツは、最近ヒットラーの秘書が書いた回顧録を基にしたTVドラマ「ヒットラー最後の12日間」でヒットラーを好演していた。

jimma090422b

SHO-KOの部屋「ジェームス・ディーンの遺言」をご覧ください。

http://www.ne.jp/asahi/osaka/sho-ko/

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